私の世界

社会人になったばかりの人間の日々不定期日記。ブログ名は 泣くな、はらちゃん から

夜の雪と責任逃れ

今日は自分の愚かさと向き合うdayだった、月イチ(もっと多いかも)くらいでとんでもない怠惰な日を送り自分を焼き殺したくなることがある。今日の雪はびちゃびちゃしててみぞれだしあまりテンションが上がらない、怠惰の合間に開けた窓から見たひなあられみたいな雪がいちばん綺麗だったな。


ノートを見返してたら大学一年生の時に人を楽しませる目的でエッセイを書こう!と思い至ったまま放置されていた下書き文章にぶち当たったので、ちょうどいい機会だし載せようと思う。

〜以下引用〜

私は雪がだぁい好きである。
誤謬などではなく、「子供時代に誰もが持っていた雪=楽しいの方程式を抱えたまま成長してしまいましたよ」という意味の「だぁい好き」である。
まず朝起きて窓の外が銀世界になっていた時点でわくわくが止まらない。庭のある家に住んでいた時代は、秒速で準備を整えて庭で雪だるまを作るまでがデイリーミッションだった。特に報酬はないけれど。
さらに、人畜無害そうな顔をしていながら、大抵の学校を休校にさせる強大な力を持っているところもたまらない。
「校舎が爆破されない限り休校にはならない」と揶揄されていた我が母校も、大雪の時には流石に5限から授業開始となった。いや休校なってないやんと思う人もいるかもしれないが、これはかなりの偉業なのだ。(この文面だけだと母校に毒されているようにしか見えん。ブラック企業み。)

〜引用終了〜

楽しそうに書いてるが、これ以降どう話を広げるか分からなくなったか飽きたかで打ち切られている。

欲望の赴くままに手を離す無責任さは本当に自分のクズなところだ。そのくせ肝心なところはしっかり押さえて外面はいいという一番うざったい人間なので、そんな私と付き合い続けてくれている友達には感謝しかない。

所詮私が見ている幸せは汚いものの上に覆いかぶさった雪を見ての「綺麗」と同じなんだろう。
苦しみながら雪を掘り起こしてその下の汚さに向き合う人は本当に尊敬するし、魂が美しいと思う。
できるものなら嫌なことから目を逸らし続けて自分と自分の大切な人だけ幸せに生きれるような努力をしていたい、なんて最悪無責任な私が唯一人生をかけて果たしたい責任は家庭を築くことなんだけど、このままじゃ家族なんて持てないかもしれないなあ。


とまあ色々考えてしまったが、雪は好きだ。音を吸収するのかなんなのか分からないけど、雪の積もった夜の静けさが「静寂」の定義なのではと思う。張り合えるのは、先生が怒鳴ったあとの教室くらいじゃなかろうか。
やっぱり雪は夜。大先輩は冬はつとめてと言っているが、私は夜だな。街頭に反射する雪の粒の美しさと、闇と雪で全部包んで隠す秘密の感じが。

そんなことを考えながら、物語みたいに綺麗じゃない、べちゃべちゃな雪を踏んで帰路に着いた。