我が家には非常に使いやすいバターナイフと、一般的なバターナイフの二本がある。
もし私が実家から出て行くときに、使いやすいバターナイフのほうを持って行っても、この家の人たちはそれを喜ぶのだと思った。子である、孫であるとはそういうことなのか、どうなのか。
三年前に命を賭して挑んでいた場で、あの瞬間を共にしていた人たちと再会した。すごく嬉しかったけれど、あの時から今まで、ずっと好きだった人が、やはりただの好きではないのだと気付かされ、悲しくなった。
今以上の関係なんてないから、何か変えようとしたら全部終わってしまう。これはそういう感情ではない、愛が恋愛にしか分類されない世界の側がおかしいのだと、言い聞かせ続けて、三年経った。きっと恋愛ではない、が、ただの愛と括るには濁りすぎている。
高校生の時からずっと、ずっとこれの繰り返しだ。どうしてこうなんだ。恋愛が下手とかいう騒ぎではない。
でも、きっとこれで最後だ。学生時代に抱いた巨大感情はこれが最後だから。もう、こんな出会いも、こんな感情もないはず。
だから、私たちの関係も、これまでの実例と同じように、収まるべきところに収まり、時が流れ、思い出になる。それまで待とう、あともう少しだ、きっと。
濁った心を、凪いだ心で、見つめ続ける。ほかのものになれ、と。