私の世界

社会人になったばかりの人間の日々不定期日記。ブログ名は 泣くな、はらちゃん から

ランニング

今日は会社関係者(退職済みの方やその方の次の職場の方もいるため)でランニングの会。

実は長く取り組んでいるが別にあまり言う必要もないかなと思って広く言っていないこととして、ちいかわの漫画をTwitterで追っていることと、ランニングをしていることがある。この間まではここに運転免許を取るために教習所に行っていること、があった。

基本的に自分を痛めつけるのは嫌いなのだが、ランニングはやってみるとそこまで嫌ではない。(「やってみると」が重要)
足を出せば前に進み、終わっているから。
やればやっただけ進むって、意外と難しいのかもしれない。

今日も雨

ってタイトルの日記を昔も書いたような気がする。東京でこんなに雨が続くのは150年に一度って本当かなあ。

晴れ予報の初日が新テニミュの初日なのもちょっと面白い。
この一ヶ月、私はテニミュのない日々を過ごしていたのだが、その日々は私にとっての完璧ではないため、雨が毎日降っていてもあまり違和感がなかった。
365日を適切な気候にする場合場合雨がないと成り立たないけど、一日を適切な気候にする場合においては晴れよりも雨の方が「完璧」の概念に近いと思うため。

結局、何が言いたいのかというと、晴れるし、舞台の初日が始まる10月2日が楽しみだということ。
今週は仕事がずっと忙しく心が比較的荒んでいるため、この週末開く幕がどんなに楽しみか知れない。

手の可動域を狭めてくる長い傘も、週末のためなら許容できそうなんだ。

輪郭を取り戻してみないか?

最近自分の輪郭がよくわからなくなるため、特別なことがなくても、書ける日は、ここに日々の感想を書いていくか。

パートナーがいないことよりも、休みの日に仕事の勉強ができないことよりも、大好きなコンテンツに骨を埋めそうなことよりも、仕事と趣味と周りの人という、自分の輪郭の外側にあるものにより、自分という存在が見えなくなることが一番怖いことだと思う。

何が好き、何が嫌いを、もっと自分の言葉で言いたくないか?BeRealの私の目から見た2秒も大事な思い出だが、結局何年経っても残るのは自分で打ち込んだ言葉なのではないか?

ちなみに今日は12時間オフィスにいるという行為を久々にやった。本当に久々だし普段はこんなではないため心配しないでほしい。
月曜は少し憂鬱だけど出社しちゃえば大体なんとかなる。

大切

大事なものを、居場所を、失いたくないから、軽いもののように茶化したり、ほかのもっと大事なものを探そうとしていた。

なんと愚かなことだ、大事なものを、大好きだ、大切だ、と言えることが、私の強みだったのではないか。

普段の馬鹿みたいなやり取りの中にそんなことを直接言う暇はないから、言わなくても伝わるように過ごさなくては。私はあなたと、あなたたちといる時間を、とてつもなく愛していて、この時間が幸せなのだと。

 

全部そうだ。横着しない。コミュニケーションは鏡。

荒城の月

北の方に来ている。月が真っ白でもはや地面の雪よりも白くて、白銀という言葉が似合う。

空気が澄んでいるから月暈が綺麗にかかって、東京じゃ絶対に見られない光景。

 

前に同じ場所に来た時は満天の星が見えていた。今日は見えない。

目が悪くなったからじゃなく、月が明るすぎるからだと思いたい。

 

ここでしか書けないことの繰り返し(最後)

我が家には非常に使いやすいバターナイフと、一般的なバターナイフの二本がある。

もし私が実家から出て行くときに、使いやすいバターナイフのほうを持って行っても、この家の人たちはそれを喜ぶのだと思った。子である、孫であるとはそういうことなのか、どうなのか。

 

 

三年前に命を賭して挑んでいた場で、あの瞬間を共にしていた人たちと再会した。すごく嬉しかったけれど、あの時から今まで、ずっと好きだった人が、やはりただの好きではないのだと気付かされ、悲しくなった。

今以上の関係なんてないから、何か変えようとしたら全部終わってしまう。これはそういう感情ではない、愛が恋愛にしか分類されない世界の側がおかしいのだと、言い聞かせ続けて、三年経った。きっと恋愛ではない、が、ただの愛と括るには濁りすぎている。

高校生の時からずっと、ずっとこれの繰り返しだ。どうしてこうなんだ。恋愛が下手とかいう騒ぎではない。

でも、きっとこれで最後だ。学生時代に抱いた巨大感情はこれが最後だから。もう、こんな出会いも、こんな感情もないはず。

だから、私たちの関係も、これまでの実例と同じように、収まるべきところに収まり、時が流れ、思い出になる。それまで待とう、あともう少しだ、きっと。

 

濁った心を、凪いだ心で、見つめ続ける。ほかのものになれ、と。

日常って

一泊二日の大阪旅行から帰ってきた。友人の家で朝に固めた前髪は崩れてきたので、根本を手で崩して真ん中からぱっくり割った。マニキュアを塗った爪は、親指の爪先から剥がれてきたので、宝くじのスクラッチを削るみたいに剥がした。家に着いたら落とそう。

 

この二日で浴びた非日常をまだ整理できていない。けれど日常はやってくるから、私はいとも簡単に身体から日常に戻っていく。

 

大好きな文章を書く方のzineを読んで、私は日常のなかにある灯を拾うことをすっかり忘れていたのでは、と思う。とんでもなく綺麗な夕焼けとか、そういう、いわゆるインスタのストーリーに何人もが上げそうな求心力のあるものには惹かれていたけれど、もっとこう、花の香りとか、電車の窓から差す光とか、うーん、それよりももっと、有機的なもの全て。拾い上げる暇はなくても、それを愛しく眺めるまなざしを送りたい。最近、心が荒みすぎている気がするから。目の前のことも未来のことも目を向けていたい。